「恵まれない」という言葉

言葉で、気になるものは意外に多い。言葉は、使われるシュチエーションで感じ方も随分違うのも確か。

「恵まれない」は、個人的に好きではなかった言葉。たぶん、これを言った人は婉曲な表現として使ったつもりなのだろうけれど。

「子供に恵まれない」と言われると、そのたびに「子供は恵んでもらうものか」と、へそ曲がりな私は思ったものだ。ただ単に「できない」となぜ言えないと思う。子供ができないだけのことを、傷つけまいと気を使われることの悲しさを知らないのだ。

「授からない」も、あまり好きではなかった。昔から子供は神の授かり物と言う。生命誕生の神秘から言えば、その通りだと思うけれど、やはり自分ひとり見放されたという感覚を持ったものだ。

でも、これば微妙な感覚で、おそらくどのように言われても嫌だったかもしれない。今は、受胎できる年齢をとうに過ぎて、夫もあの世に行ってしまったので子供がいるいないの問いかけは少なくなったし、自分でも吹っ切れているから、こうして話題に出来る。切望していたころは、触れられること自体がいやだっだ。


そいう個人的感覚を通すと、「恵」という字は、「恵まれない」として使うよりも、「恵まれた」として使う場合の方が適切のように思う。

(長いこと、ずっと思っていたことを言ってみた。このような言葉は、他の人にもあると思う、言わないだけで。)
c0214577_1234859.jpg
[PR]
by hatibee8 | 2011-08-27 12:06 | 時のしっぽ